東京地方裁判所 昭和53年(ワ)11028号 判決 1984年12月21日
原告
永瀬登
同
高井秀忠
同
入谷昭宏
同
旧姓三田こと
上林三強男
塙悟
清野順一
平山知子
松井繁明
宮原哲朗
大森鋼三郎
牛久保秀樹
井上幸夫
被告
大日本印刷株式会社
右代表者
北島義俊
右訴訟代理人
和田良一
美勢晃一
宇野美喜子
山本孝宏
宇田川昌敏
狩野祐光
太田恒久
主文
一 原告永瀬登が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は、原告永瀬登に対し、金五一万八三六〇円及び内金三一万六二二〇円に対する昭和五三年一〇月二五日から、内金二〇万二一四〇円に対する同月二六日から各支払ずみまで年六分の割合による金員並びに昭和五三年一一月から被告が右原告を復職させるまで毎月二五日限り金二〇万二一四〇円の金員を支払え。
三 原告永瀬登のその余の請求を棄却する。
四 原告高井秀忠、同入谷昭宏、同上林三強男の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、原告永瀬登と被告との間においては、被告に生じた費用の四分の一と原告永瀬に生じた費用を合算したうえこれを四分し、その一を原告永瀬の負担とし、その余は被告の負担とし、原告高井秀忠、同入谷昭宏、同上林三強男と被告との間においては、被告に生じた費用の四分の一ずつをそれぞれ右原告三名の負担とし、右原告三名に生じた費用は、同原告ら各自の負担とする。
六 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告永瀬登が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 原告高井秀忠、同入谷昭宏、同上林三強男と被告との間で、被告のなした原告高井秀忠に対する昭和五三年七月三一日付出勤停止一〇日、同入谷昭宏に対する同日付出勤停止五日、同上林三強男に対する同年八月三日付出勤停止三日の各懲戒処分がいずれも無効であることを確認する。
3 被告は原告永瀬登に対し金五五九万七五六〇円及びこれに対する昭和五三年一〇月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員並びに昭和五三年一一月から被告が原告永瀬を復職させるまで毎月二五日限り金二〇万二一四〇円の金員を支払え。
4 被告は、原告高井秀忠に対し金一〇五万九〇三三円、同入谷昭宏に対し金一〇二万七八六九円、同上林三強男に対し金一〇一万五九七八円及びこれらに対する昭和五三年八月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 3、4につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 当事者
(一) 被告(以下「被告会社」ともいう。)は肩書地に本店を置き、主として製版、印刷、製本並びにその製品の販売等を目的とする株式会社である。
(二) 原告永瀬登(以下「原告永瀬」という。)は昭和四一年三月埼玉県立蕨高校を卒業後直ちに被告会社に臨時工として入社し、同年一二月本工となり、市谷事業部市谷第二工場平版刷版課仕上係に勤務していたものであり、原告高井秀忠(以下「原告高井」という。)は昭和三五年五月経験工として被告会社に入社し、市谷事業部第二工場写真製版第二課に勤務しているものであり、原告入谷昭宏(以下「原告入谷」という。)は昭和三九年八月被告会社に入社し、市分事業部第二工場写真整版第二課に勤務しているものであり、原告上林三強男(旧姓三田、昭和五三年一一月氏を上林と変更、以下「原告上林」という。)は昭和三九年七月臨時工として入社し、昭和四〇年本工となり、市谷事業部第二工場平版印刷二課に勤務していたものである。
(三) 原告永瀬、同高井は日本共産党の一員として日本共産党新宿地区委員会大日本印刷支部に所属し、被告会社で働く労働者のため賃上げ、労働条件の改善を実現し、職場の自由と民主主義を確立するために活発に活動していたものであり、原告入谷、同上林は日本共産党を支持しその活動に協力していたものである。
2 原告ら四名に対する処分
被告会社は、昭和五三年八月一日、原告永瀬に対し、同人が従業員就業規則(以下「就業規則」という。)四九条五号「業務に支障のあるとき」に該当する行為があつたとして、同人を解雇する旨の意思表示をした。また、右解雇と並行して被告会社は、就業規則八六条一二号に該当する行為があつたとして、同年七月三一日原告高井に対し出勤停止一〇日、同日原告入谷に対し出勤停止五日、同年八月三日原告上林に対し出勤停止三日の各懲戒処分をなす旨の意思表示をした(以下、原告ら四名に対する処分を併せて「本件処分」という。)。
3 本件処分に至る経緯
(一) 支部ニュースは昭和四八年五月に発刊され現在まで五年間、被告会社に働く労働者のため職場の情報、印刷産業に働く労働者の状況、日本共産党の政策などをわかりやすく伝達してきたものである。
インフレと低賃金のもとで労働者の生活が破壊され、昭和五三年の春闘の妥結額が低額であつたことから、夏季一時金について労働者の期待が高かつた同年の夏季一時金に当たり、支部ニュースは労働者の要求を紙面に反映するなど同闘争の前進に寄与することとした。また、印刷業界において被告会社と併せて大手二社といわれる凸版印刷株式会社(以下「凸版印刷」という。)の夏季一時金回答額については被告会社回答と比較して支部ニュースに掲載した。それは昭和五一年の夏季一時金につき被告会社と凸版印刷との間で二万三〇六二円の差がついたとき被告会社北島社長が労働組合との経営協議会の席上で「今回の屈辱はなんとしても経営者としてそそぎたいし、皆さんへの借金はなんとしても返していく。私を信じてくれる方を決して裏切るようなことはしない。」と発言していたこともあり、同規模会社の賃金水準として職場の労働者の関心も高かつたからである。
(二) 昭和五三年夏季一時金について大日本印刷労働組合(以下「組合」という。)は五月三一日、一人平均三七万四〇〇〇円の要求を決定し被告会社と交渉を行つた。被告会社は同年六月五日三三万四〇〇七円の第一次回答をしたが、他方、凸版印刷でも同月八日三四万一一七二円の第一次回答があつた。被告会社の回答は凸版印刷の回答より七一六五円低かつた。
同月一五日被告会社は六〇〇〇円アップした三四万〇〇〇七円の第二次回答を提示した。同日夜、組合は被告会社の第二次回答を掲示するとともに、夏季一時金闘争が「最終段階である。」という執行委員会の態度を表明した。
(三) 支部ニュースを作成している支部ニュース編集委員会は同日夜会合を持ち、右第二次回答について議論した。その際、凸版印刷の第二次回答について全印総連凸版印刷板橋工場労働組合に問いあわせたところ、凸版印刷でも第二次回答が出、夏・冬ともに第一次回答に六〇〇〇円アップされたということであつた。
支部ニュース編集委員会は、被告会社、凸版印刷ともに第二次回答で六〇〇〇円アップでは第一次回答での差額七一六五円は縮まつていないことから、有価証券報告書によると昭和五三年上期で経常利益が凸版印刷の約155.6パーセントである被告会社の夏季一時金が凸版印刷を下回る理由はないということで、支部ニュース一四九号(以下「本件支部ニュース」という。)を作成した。
本件支部ニュースの内容は大要次のとおりであつた。
① 凸版印刷の再回答で被告会社との一時金回答額の差が縮まらない。
② 被告会社で凸版印刷労働者なみの賃金となるために半年で総額七万円余の上積みが凸版印刷の一時金額に加算されることが求められている。
③ 昭和五三年上期で凸版印刷より55.6パーセント多い経常利益を得ている被告会社の労働者の賃金が凸版印刷の労働者の賃金を下回る理由は一つもない。
④ 凸版印刷との昭和五一年夏季一時金での差を借金として必ず返すと言明した社長に対する職場の労働者の期待の声がある。
⑤ 業界トップの大日本印刷が一時金相場を引き下げるようなことはしないでほしいという印刷産業労働者の願いがある。
(四) 翌一六日、原告ら四名は本件支部ニュースを中央研究所前と市谷工場A棟歩道橋入口で二人ずつ手分けをして午前七時一五分頃から配布し始めた。配布場所はいずれも被告会社構外の公道上で、配布時間は原告ら各人の就業時間外であつた。
原告らが支部ニュースを配布していたところ、午前八時過ぎ組合の立川元明市谷工場常任執行委員と小川行雄、笠原弘各専従執行委員から凸版印刷の第二次回答の六〇〇〇円アップは冬の一時金分であるとの指摘がなされた。この指摘を受けて原告らは本件支部ニュースの配布をひとまず中止し方策を検討したところ、当日の支部ニュースの配布はすべて中止し、誤報ならば翌日、訂正とお詫びの支部ニュース一五〇号を配布することを確認し、その旨を組合に伝えた。
原告らがビラ配布を中止したのは午前八時一五分頃であり、作成した支部ニュースの半分が未配布であつた。
(五) 原告らが本件支部ニュース配布を中止し、翌日訂正とお詫びの支部ニュースを配布する予定であることは直ちに午前九時より開かれた組合の中央委員会に報告された。中央委員から当日の職場討議でその旨口頭報告がなされた職場もあつた。
なお、各職場には当日、凸版印刷の第二次回答中六〇〇〇円のアップが冬季一時金分であることを記載した組合ニュース「くさび」一二号が昼休みまでに各職場で配布された。
(六) 当日の夜、支部ニュース編集委員会を開いていたところ、全印総連凸版印刷板橋工場労働組合の方から、凸版印刷の第二次回答中、六〇〇〇円のアップは冬季一時金分のみであつたとの電話連絡が入つた。そこで支部ニュース編集委員会は直ちに訂正とお詫びの支部ニュース一五〇号を作成し、翌六月一七日朝、右支部ニュース一五〇号が前日と同じように配布された。
支部ニュース一五〇号は、「凸版再回答、六千円(一律給比)アップ」は「冬の一時金に加算」され、「大日本との差」は七一六五円ではなく、「一一六五円」であると本件支部ニュースを訂正し、「右記見出しの支部ニュース一四九号について、凸版印刷の一時金の回答総額を誤報し、関係各位に大変御迷惑をおかけいたしました。右の通り訂正個所と訂正文を示しお詫び申し上げます。今後、誤報が起らないよう努力し、信頼される支部ニュース発行に奮闘します。」という支部ニュース編集委員会の謝罪文を掲載した。
(七) その後、被告会社の第二次回答額三四万〇〇〇七円は組合中央委員会が全員一致で六月一七日了承して妥結したため、同月二二日被告会社の労働者に支給された。
(八) 組合は、本件支部ニュースの誤報問題について六月二六日市谷の事業別中央委員会で執行委員会の態度を表明したあと、翌七月六日、第五三回中央委員会で右執行委員会の態度を拍手で確認した。
執行委員会の態度とは「ビラを配布した組合員に対し今後再びこの種の誤ちを起した場合は、組織統制上何らかの処置をとらざるを得ないことを申し渡し厳重に注意警告すべきとの判断に達した。」というものであつた。
同日、原告永瀬、同入谷は組合から組合の右見解を伝達されたが、その際組合執行部から、今回は注意警告が目的であり、組合見解の伝達のみでさらに責任追及はしない旨伝えられた。
また、日本共産党新宿地区委員会及び同大日本印刷支部の代表は、同月二〇日組合事務室を訪問し、組合の住吉善吉書記長に対し日本共産党としての謝罪表明を行つた。
(九) 被告会社は七月一二日になつて突然原告らから「事情聴取」なるものを開始した。同月一二日原告永瀬、同高井、同入谷、翌一三日同上林から「事情聴取」し、再度同月二六日原告永瀬、二七日原告高井から「事情聴取」した。
(三) 被告会社は同月三一日から八月三日にかけて本件処分を原告らに通告してきた。
4 本件処分の無効かつ違法
本件処分の理由とするところは、原告高井、同入谷、同上林については、凸版印刷の夏季一時金の回答額について誤つた記載をした本件支部ニュースを作成・配布した、というものであり、原告永瀬については、(一)右支部ニュースを作成・配布しながらその責任を認めず、被告会社がなした調査に応ずることを拒否し、かつ、公然これに反抗する行為に出た、(二)日常の勤務においても、一貫して同種の信義に反する行為があつた、というものである。しかし、本件処分は、以下の理由により、いずれも無効かつ違法である。
(一) 本件支部ニュースの作成・配布責任の不存在
本件支部ニュースの作成・配布は、その配布の態様、ニュースの内容及びこれが正当な言論活動であることからして、そもそも本件処分の理由たり得ないものである。これを分説すれば、以下のとおりである。
(1) 本件支部ニュースの作成・配布は解雇権、懲戒権の対象外の行為である。
本件支部ニュース配布は就業時間外、被告会社外の政党の活動としてなされたものである。それは、被告会社の労務指揮権に服さず、会社の施設管理権を侵害しない行為であり、そもそも会社の解雇権、懲戒権の対象外の行為である。
本来従業員は、労働契約に基づいて労務提供義務を負うのであり、企業の一般的支配に服するものではない。いわゆる企業秩序遵守義務も、この労務提供義務に付随して負うにとどまる。企業秩序とは、労働者が労働契約に基づいて使用者の労務指揮権及び施設管理権に服しつつ労務提供をするということであり、それは労務提供の場において職制秩序に服し、他の労働者の業務を妨害しないということでしかない。本件支部ニュースの作成・配布は、労務提供外の場、そもそも職制等の労務指揮権外の行為である。
もつとも、例外的に企業外の行為が懲戒処分の対象となることはあるが、それは、労働者が労務提供義務を負つていることから合理的に期待される範囲内の、従業員としての地位ないし職務に関連する行動に限定して認められるべきものである。本件支部ニュースの作成・配布が右の場合に該当しないことは明らかである。
(2) 原告らの行為は、本件支部ニュースが労働条件決定過程に関する訴えを内容とするものであることからみても、解雇権、懲戒権の対象外の行為である。
前記のとおり、労働者は、労働契約の履行過程の行為について解雇権ないしは懲戒権を行使される立場に立つだけである。しかし、労働条件を決定するための交渉過程に属する行為については、そもそも命令服従の関係ではなく、労使対等の原則が支配する領域となる。かかる対等者間において解雇権、懲戒権が行使されるいわれはない。
本件支部ニュースは、被告会社における昭和五三年夏季一時金交渉に際して作成・配布されたものであり、この作成・配布は、企業秩序を遵守しての契約履行過程における活動としてなされたものではなく、新たな契約内容形成過程における活動、すなわち、労使対等の原則の支配する領域においてなされた活動であつて、これについて命令服従関係を前提とする懲戒権を行使されるいわれはなく、まして解雇権を行使されるいわれもないのである。仮に記載内容により、不法行為になる場合があるとしても解雇、懲戒の対象とはなりえない。
もつとも、労働条件に関する言論が全く無制限であるというわけではない。しかし、それは、労働者内の団結自治の問題として解決されるべき問題である。そして、本件支部ニュースの作成・配布問題は組合の団結自治内の問題として、原告らが誤報の可能性を考えて配布を中断したこと、翌日直ちに訂正とお詫びの支部ニュース一五〇号を配布したこと、組合の意向が固まり、原告らがこれを了解したこと及び支部ニュースを発行している政党側から組合に正式に謝罪表明がなされたことにより決着がついたものである。
(3) 本件支部ニュースの作成・配布は正当な言論表現活動である。
支部ニュースの作成・配布は、正に労働基準法一条一項及び二項の趣旨に従い、労働条件の同上を図るための活動の一環としてなされてきたものである。また、支部ニュースは、常に日本共産党大日本印刷支部を発行主体として明確にするとともに、原告高井を同支部長として明示するなど、責任者もまた明確にした言論活動である。しかも、支部ニュースは日本共産党という公党の活動としてなされ、配布も注意深く、時間外、会社構外で行われていたのである。そして、この支部ニュースに誤報があつた場合は、発行主体と連絡をとり、協議折衝することによつて解決する仕組となつていた。このような言論表現活動は、無責任な言論とは全く相違し、憲法二一条により保障された権利であり、しかも同法二八条と一体となつた権利として保障されるものというべきである。
ところで、本件支部ニュースは誤報であつたが、その誤報に至つた理由、内容全体の正当性、誤報を指摘され誤報が判明した後の誠実な対応等に照らすと、その作成・配布は言論表現活動として未だ正当性を失わないものというべきである。
① まず、言論表現中に誤信・誤報が含まれていたとしても、その誤信した事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、刑事責任、不法行為責任は否定されるとするのが確立した判例法理であり、かかる法理は、言論表現活動の責任問題一般にも適用されるものというべきである。
本件支部ニュースの誤報は、凸版印刷の一時金についての追加回答六〇〇〇円が夏季一時金に対して支給されるものと誤信したことによるものであるが、原告らがこれを誤信したことについては次のように相当の理由がある。
まず本件支部ニュースは、支部ニュース編集委員会が原告永瀬を通じて、昭和五三年六月一五日夜に全印総連凸版印刷板橋工場労働組合に架電し、直接その委員長浅野昌平(以下「浅野」ともいう。)から、右回答内容について確かめたうえで作成されたものであり、原告らにとつて最も確実な方法と資料に基づき作成されたものである。ただ、残念なことに、このときの浅野の回答が誤つていたのである。
次いで大切なことは、右浅野の誤つた回答が、当時の凸版印刷の労使関係の状況からして、やむをえないものであつたことである。
すなわち、昭和五三年六月一五日夕方、秋葉原所在の凸版印刷本社における団体交渉、経営協議会の席上、同盟系の凸版印刷労働組合に対し、会社側から第二次回答がなされたが、その内容については、板橋工場では文書で各課長あてに一枚配付されたのみで、各従業員に直接伝達されたわけでも、口頭で内容を補充しつつ説明があつたわけでもなかつた。そして、全印総連凸版印刷板橋工場労働組合は、その日のうちに回答を受けることはなく、翌一六日の団体交渉の場で初めて説明を受けたのである。しかも、同社の右回答文書には、追加回答六〇〇〇円となつていただけで、冬の一時金のみの追加であるとの明確な記載はなく、職場全体として誤解することもやむをえない事情があつた。また、昭和五三年までの間、夏の一時金回答に上乗せ回答がなかつたのは、昭和五〇年のみであり、それまでは必ず夏・冬併せて追加回答がなされていたのである。右のような特殊事情が重なり合つて、六月一五日においては、凸版印刷板橋工場の労働者全体が夏・冬とも六〇〇〇円の上積み回答がなされたものと誤解していたのである。
② 次に、原告らは、誤報後誠実な対応に努めた。
まず原告らは、同人らの所属する組合から誤報を指摘された段階で組合との関係を配慮して本件支部ニュースの配布を中止した。
そして、配布当日の夜、原告らは支部ニュース編集委員会を開き、また前記浅野委員長からの回答に誤りがあつた旨の電話連絡も受けて、本件支部ニュースの誤報部分と同スペースをさいて、訂正とお詫びを内容とする支部ニュース一五〇号を作成し、翌六月一七日、本件支部ニュースの配布と同時刻、同地点で配布した。右一五〇号には、前記3(六)の如き内容の明確な謝罪文が掲載された。
③ さらに、本件支部ニュースの誤報により被告会社は何ら損害を受けていない。
(二) 事情聴取時における態度等を理由とする解雇の不当性(原告永瀬について)
前記のとおり、被告は、原告永瀬に対する解雇理由として、本件支部ニュースの作成・配布のほか、事情聴取時における反抗的態度と日常の勤務態度等の不信義性を挙げている。しかし、これも原告永瀬を解雇する理由たりえないものであり、これを分説すれば、以下のとおりである。
(1) 事情聴取時における態度を解雇理由とすることの不当性
① 労働者が労働契約によつて負う義務は原則として労働力提供義務に尽きるのであつて、労働者は企業の一般的な支配に服するものではないから、当然には企業の行う調査に協力すべき義務を負つているわけではない。もつとも、指導・監督ないし企業秩序維持などを職責とし、企業の調査に協力することが労働契約上の労務提供義務の履行となるような管理職の場合は調査協力義務を負うものというべきであるが、原告永瀬がその種の義務を負う管理職に属さなかつたことは前記のとおり明らかである。したがつて、まず、原告永瀬には、他人であるこの余の原告らに関し被告会社の調査に応ずる義務のなかつたことは明らかである。
それでは、自分自身の違反行為に関する調査には応ずる義務はあつたのかどうかが問題となるが、この点は、自己の違反行為に関する調査に応じることが、職務執行との関連性、より適切な調査方法の有無等諸般の事情を総合的に判断して、労務提供義務を履行するうえで必要かつ合理的と認められるか否かにかかつているとみるべきである。
これを本件に即してみると、第一に、本件は問題の支部ニュース配布に関し、「いつ、どこで、だれが、どのように」行つたかなど客観的事実は、被告会社も十分に把握しており、また、記事内容に誤りがあつたことも客観的に明らかなうえ、次号支部ニュースで発行者自身認めているところであつて、果して事情聴取を行つて被告会社にそれ以上の事実の確定を求める必要があつたか否か極めて疑わしい場合である。被告会社としては、「より適切な調査方法」として、日本共産党大日本印刷支部への問い合わせ、少なくとも、日本共産党新宿地区委員会戸沢賢三からの電話連絡を受けて面会すればよかつたことなのである。
第二に、仮に、何らかの点で原告永瀬につき職務執行との関連性が認められ、右戸沢との面会より以上に適切な手段が原告永瀬への事情聴取であることなどが認められ、調査に応ずる一般的義務が認められた場合でも、そのことと、自己に不利益な供述を拒否する権利があることとは区別されなければならない。憲法三八条一項の「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」との精神は、必ずしも刑事手続に限るものではない。民事手続においても、行政機関においても、正に「何人」も自己に不利益な供述を強要されないのである。
本件に即してみれば、原告永瀬が仮に本件調査に応じる義務があつたとしても、同人は現に被告会社の二度の呼び出しに応じている。その中で答えられる点は答えるとともに、自己に不利益と思われる事項に関する供述を「答えられない。」と明確に述べ、その義務を履行し、かつ正当な権利を行使しているのであつて、そこには何の非難もみられない。
② さらに、仮に原告永瀬に本件調査に応じるべき義務違反があつたとしても、原告ら四人の基本的応答態度は同じであつたのであり、原告永瀬についてのみ、他の三人と区別して解雇されるべき理由はない。
(2) 日常の勤務態度等を解雇理由とすることの不当性
被告会社は原告永瀬にたいする解雇を正当化する理由として、日常会社及び上司に対する反抗的言動が多いこと、会社業務に対する全般的な非協力性が目立つこと、勤務にも積極性がなく、したがつて作業能力も低いこと、などを主張している。
① ところがまず、被告会社は、原告永瀬を昭和五二年三月二一日付で8等級から7等級に昇級させている。8等級から7等級への昇級は「過去四回の(賞与査定の)うちc以上二回、かつ最近一年間f以下のない者」が要件である。原告永瀬は、このとき連続して二回「c」であつた。その最後の考課は昭和五一年下期(同年五月二一日〜一一月二〇日)であるから、同原告が「c」の評価を受けた対象期間は昭和五〇年一一月二一日から同五一年一一月二〇日までの一年間ということになる。「c」というのは上位一五パーセント未満三〇パーセント以上の高い評価でありこれは「仕事の成果」に五〇パーセントのウエイトをかけた(その他知識技術二〇パーセント、責任感、信頼度、積極性各一〇パーセント)評価基準によるものである。このことは、右時点以前の原告永瀬の勤務態度等は、被告会社において何ら解雇理由もしくはそれと同類のものとは、認識されていなかつたことを示している。
被告会社は、右の昇級を相対的評価に基づく結果にすぎないと主張するが、ここでは昇級の当否が争われているのではなく、昇級という行為にあらわれた被告会社の認識を問題にしているのであるから、右主張は当たらない。
② 仮に、前記時点以前の原告永瀬の勤務態度等が解雇理由の一部となりえたとしても、右の勤務態度等は被告会社の前記昇級行為によつて治癒されたものと解すべきである。もしくは、昇級行為により高評価を与えながら、それ以前の事項を持ち出して解雇理由とすることは一種の禁反言として許されないものというべきである。
(三) 権利の濫用
使用者の懲戒権、解雇権は、その恣意的行使は許されず、手続についての適正さと処分内容の相当性、具体的妥当性をもつことが必要とされる。しかるに、本件処分は、以下のとおり、適正手続に反し、かつ、処分の相当性、具体的妥当性を欠いたもので、恣意的処分として権利の濫用に当たり、無効である。
(1) 被告会社は本件処分を前に事情聴取を行つてはいるが、その事情聴取は、懲戒権(解雇権)の行使を前提としたうえ、会社への謝罪と日本共産党大日本印刷支部の組織について明らかにすることを一方的に迫る強圧的なもので、生起した問題についての経緯を明らかにし、これにより明らかとなつた事情をもとに処分の当否を決定するという本来の事情聴取とはほど遠い内容のものであつた。したがつて、本件処分は、処分に至る手続において適正さを欠いたものといわざるを得ない。
(2) 原告らに対する本件処分は、解雇から出勤停止まで、被告会社の処分としては異例の重い処分が恣意的になされたものである。従来の被告会社の懲戒処分は、産業スパイ事件、社内窃盗、破廉恥罪など会社に明白、重大な損害を与えた場合か、刑事犯に該当する場合にしかなされなかつた。業務上のミスがあつたとしても懲戒処分には至らず、始末書ですまされてきたのである。例えば、雑誌「カメラ毎日」について原稿が二回続けて紛失し、被告の製版職場の仕事を止めて原稿を捜し、さらにこの仕事は他の印刷会社へ移つてしまつたことがあるが、この当事者は何の処分もされていない。そして、昭和五八年一月二〇日頃少女雑誌「りぼん」三月号のイラストが抜け落ちて印刷されるという事件が起き、この対策として、一六〇人が二日間動員されてスタンプ押しと印刷の仕直しがなされたが、この事件についても課長と係長が減給処分を受けたにとどまつた。実際、被告会社には膨大な業務上のミスが発生しており、この対策としてスクラムトライ作戦といつた特別の体制がとられているくらいであり、かようなミスに対し、逐一懲戒処分をしておれない現状にある。本件処分は、このような実感に照らし明らかに権衡を失した重い処分である。
また、本件処分は、処分相互間の権衡をも失したものである。すなわち、日本共産党大日本印刷支部の責任者であり、支部ニュースの編集、原稿までその九割以上を自己で行つてきた原告高井に対し解雇がなされず、翌日訂正と謝罪の支部ニュースを配布した原告永瀬が解雇された。原告入谷、同上林は、単に依頼されて配布に参加したというだけで出勤停止という極めて重い処分がなされた。しかも、原告ら四名の事情聴取の際における態度は異口同音、同一の立場であつたのである。
このように、本件処分は、権衡を失し、相当性を欠いた恣意的処分といわざるを得ない。
(四) 不当労働行為
本件支部ニュースは、一時金の回答について報道し低額妥結に反対するという労働条件に関する交渉について見解を表明したものであり、活動内容は、明確に労働組合活動として評価されるものである。もつとも、右活動は、政党名でなされたものではあるが、一面では政党の活動であると同時に他面団結権の行使として憲法二八条の保障をうける団結活動であることを妨げるものではない。
なぜなら、現実に団結権の主体である労働者の行為である場合、その行動の名義いかんではなく、使用者に対抗して労働者が自主的に団結してその力で生存権を実現しようとする活動は団結権保障の趣旨に合致するからである。
原告らに対する本件処分は、被告会社により労働組合活動をしたことのゆえをもつてなされた不利益取扱というべく、不当労働行為に該当し、無効である。
(五) 思想信条による差別
本件処分は、被告会社の従来からの日本共産党とその党員、党支持者に対する敵視、差別の労務政策に基づき、日本共産党の党員とその支持協力者に対し、政党活動を行つたことを理由とする思想信条による差別的処分であり、憲法一四条、一九条、労働基準法三条に違反し、無効である。
5 確認の利益
被告会社は、本件解雇の意思表示以後原告永瀬を同社の従業員として扱わないし、その他の原告については出勤停止期間中の賃金を支払わないなど原告らの主張を争つている。
6 賃金額等
<以下、省略>
理由
一請求の原因1(一)、(二)(当事者)、同2(本件処分の存在)、同5(確認の利益)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二本件処分に至る経緯等
そこで、本件処分の効力、違法性について判断する前に、本件処分に至る経緯等について、以下検討する。
1 被告会社における労使の状況
<証拠>によれば以下の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
被告会社と凸版印刷は、印刷業界を二分する大手会社であり、自他ともに認めるライバル会社として同業界の首位を巡り熾烈な競争を続けてきた。戦前から昭和三二年頃までは凸版印刷が優勢であつたが、被告会社が再建五か年計画を立て「凸版印刷に追いつき追越せ」との合言葉のもとに新分野開拓、新製品開発、既存製品のシェアの食い込みなどに努力した結果、昭和三四年以降被告会社が売上高において凸版印刷を陵駕し、業界首位の地位を保持するに至つた。しかし、その後も両社は、互いにライバルとして、常に技術、業績などを巡つて熾烈な競争を続けてきた。
右のような凸版印刷との激しい競争は、被告会社の労使関係にも強い影響を及ぼし、同社においては労働条件についても常に「対凸版印刷」の意識が強く、労使交渉においても凸版印刷の業績と同社の労働条件(特に昇給、賞与)を被告会社のそれと比較して、労働条件が決定されるという状況下にあり、労使ともに凸版印刷の労働条件について強い関心を持ち続けてきた。
なお、昭和五〇年上期において、被告会社は減収減益となり、凸版印刷は増収増益となつたため、被告会社は、同期の賞与について凸版印刷よりも二万三〇六三円低い回答を行つた。これについて、右賞与を巡る組合との団体交渉の席上、当時の被告会社代表取締役社長北島織衛は「これをよい経験として反省し、もう一度凸版をはるかに陵駕した会社にして、皆さんに借金を返さなければ私としては死んでも死にきれない気持である。」と述べた。
昭和五三年六月一五日、被告会社は組合に対し、同年上期の夏季一時金について、従前の第一次回答に六〇〇〇円を加算し、三四万〇〇〇七円とする旨の最終回答を行つた。組合は、これを受けて翌一六日の昼休みに右回答を職場討議にかけて従業員の意見を問うことになつた。他方、凸版印刷は、その頃同社の夏季一時金について第一次回答として三四万一一七二円を提示していたが、妥結に至らないため、同月一五日夕方同社の凸版印刷勝働組合(同盟系)に対し、冬季の一時金について六〇〇〇円を追加する旨の第二次回答をなした。そこで、同月一六日時点において、両社の夏季一時金の提示額は、被告会社が凸版印刷より一一六五円少ない結果となつた。なお、同年上期においては、被告会社の経常利益は、凸版印刷のそれよりも55.6パーセント多かつだ。
2 本件支部ニュース作成・配布問題
(一) 原告永瀬、同高井、同入谷、同上林らが、昭和五三年六月一六日同人らの就業時間外である午前七時一五分頃から同八時一五分頃までの間、被告会社構外の被告会社中央研究所前及び市谷工場A棟歩道橋入口付近で、本件支部ニュースを出勤途上の被告会社従業員に配布したこと、右支部ニュースには、発行責任者として日本共産党大日本印刷支部と記載されていたほか、同支部の所在地と電話番号も記載されていたこと、そして、そこには、「① 凸版印刷の再回答で被告会社との一時金回答額の差が縮まらない。
② 被告会社で凸版印刷労働者なみの賃金となるために半年で総額七万円余の上積みが凸版印刷の一時金額に加算されることが求められている。
③ 昭和五三年上期で凸版印刷より55.6パーセント多い経常利益を得ている被告会社の労働者の賃金が凸版印刷の労働者の賃金を下回る理由は一つもない。
④ 凸版印刷との昭和五一年夏季一時金での差を借金として必ず返すと言明した社長に対する職場の労働者の期待の声がある。
⑤ 業界トップの大日本印刷が一時金相場を引き下げるようなことはしないでほしいという印刷産業労働者の願いがある。」
という趣旨の記載があつたこと、同日午前八時一五分頃、原告らは、組合の立川執行委員らから凸版印刷の再回答の六〇〇〇円アップは冬の一時金分であるとの指摘を受けたこと、そこで、原告らは協議のうえ、右支部ニュースの配布を中止したこと、右支部ニュースの記載のうち、凸版印刷の再回答が夏の一時金について六〇〇〇円のアップとして総額三四万七一七二円となると報じた点及び被告会社との差が依然七一五六円と縮まらないと報じた点はいずれも誤報であつたことは当事者間に争いがない。
(二) <証拠>を総合すれば、本件支部ニュース中、凸版印刷の夏季一時金の回答に関する記事は以下のようにして作成されたものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
浅野は凸版印刷の従業員であり、昭和五三年当時同社における少数組合である全印総連凸版板橋工場労働組合の執行委員長であつた。同人と原告高井、同永瀬とは昭和四〇年代から顔見知りであり、本件夏季一時金問題以前から大日本印刷、凸版印刷両社の一時金回答等について情報の交換をし合つていた。
凸版印刷における一時金の回答は、最初、会社側の代表と多数組合である凸版印刷労働組合の代表とによつて持たれる経営協議会において会社側から提示されるが、職場へは会社総務部を通じて回答速報として各職場に一、二枚位の割合で課長に配布され、それが従業員にも知らせられる結果、回答提示後一時間程度でほぼ全体に知れ渡るのが通例であつた。
凸版印刷は、昭和五三年六月八日、同年度の夏季・冬季一時金について、凸版印刷労働組合に対し第一次回答を提示していたが、同月一五日同組合に対し追加回答として、冬季一時金についてさらに六〇〇〇円を加算する旨の回答をした。浅野は、右追加回答に関する会社総務部作成の回答速報を直接見たわけではなかつたが、同日夕方同人の所属する組合事務所において、同組合員から「六〇〇〇円だ。」との電話連絡を受けたり、職場でも同じような趣旨のことを聞いたりしたことから、右追加回答が夏・冬とも六〇〇〇円追加されるという趣旨に受け取つた。なお、右追加回答に関する凸版印刷作成の「追加給答書」には、「……一人当り三〇、〇〇〇円の財源を六〇〇〇円追加して……」と記載されており、それ自体「冬季分」という文言はないが、第一次回答書中には、冬季分として、夏季の一時金額にさらに三万円が追加されるものとして書かれており、それにより右追加回答書に「六〇〇〇円が追加される」というのは右三万円について、つまり冬季分についてのみであることが分かるものであつた。
原告永瀬は、右六月一五日電話で浅野に対し、凸版印刷の追加回答について問合せをしたところ、浅野が六〇〇〇円の追加である旨答え、さらに「夏・冬ともですか。」との問いに対し、「当然ですよ。」と答えたので、同日夜原告高井に会つて、その旨を同人に伝えるとともに、同人に対し、労働組合の委員長に念を押して聞いたので間違いはないと話した。そこで、原告高井はこれを信じ、前記の如き本件支部ニュースを作成した。そして、原告入谷と同上林に対し、同ニュースの配布につき協力を要請した。
なお、凸版印刷における昭和五二年までの一時金に関する会社の回答状況は、昭和五〇年に夏・冬ともに追加回答がなかつたものの、その他の年は、夏季については何らかの追加回答がなされてきた。しかし、夏・冬ともに追加回答額が同額であつたのは昭和五一年のみであり、その他の年は昭和五二年の特殊例及び右昭和五一年を除き、夏季分よりも冬季分の追加回答額の方が多額であつた(なお、<反証排斥略>)。そして、夏・冬分の追加回答額の合計をみるに、昭和四六年から同四九年までは一万円前後の額であるが、昭和五〇年は零円、昭和五一年は六〇〇〇円、昭和五二年は三〇〇〇円であつた。
(三) 昭和五三年六月一六日の被告会社の状況については、<証拠>により以下の事実が認められ、<反証排斥略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
被告会社においては、昭和五三年六月一六日の昼休み時間に前日出された昭和五三年上期の夏季一時金についての会社の追加回答についてこれを受諾するか否かを討議する職場集会が開かれることになつていたが、前認定のとおり、同日朝原告らにより誤報にかかる本件支部ニュースが配布されたため、当時の市谷事業部の総務課長大野進のもとへ同社の工場長や課長らから右ニュースの内容についての問合せの電話が殺到し、それにより大野は右職制らが混乱しているばかりか、職場にはさらに被告会社から追加回答が出るのではないかという風評が流れているとの報告を受けた。そこで大野は、職場が混乱し、前記職場集会も開かれないのではないかという懸念を抱き、直ちに事態を収拾すべく各工場長を招集し、工場総括本部長から右ニュースの誤報の趣旨及び右風評否定のために現在会社のおかれている賞与交渉の状況について再度説明し、各工場長から各課長に対し、右趣旨を伝えるよう指示した。各工場長はそれぞれの職場に戻り、課長会を開き、右趣旨を徹底し、各課長はさらに各職制へ説明をした。その結果、右職制らは結局同日午前中一杯事態の収拾に追われ、その本来の職務を遂行することができず、このため損害の具体的金額については見積れないものの、印刷、製本、納品等の遅滞による業務上、営業上の支障が生じた。
3 事後措置
<証拠>によれば、本件支部ニュース配布後原告らがとつた措置については以下のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 原告らは、遅くとも昭和五三年六月一六日午前中には本件支部ニュースが誤報であることを知り、原告高井を中心に直ちに訂正とお詫びを内容とする支部ニュース一五〇号を作成することとし、同日夜、本件支部ニュースの内容をそのまま書き、それを校正記号を用いて訂正し、併せてお詫びの文章を掲載した支部ニュース一五〇号を作成した。そして、翌朝原告らはこれを本件支部ニュースと同様の方法で従業員に配布した。
(二) 原告らは、昭和五三年七月七日、組合から本件支部ニュースの誤報の件について呼出しを受け、これに応じた原告永瀬、同入谷、同上林は組合から厳重注意の警告を受けた。これに対して原告高井は、労働組合と政党支部との話合なら右呼出しに応じるが組合員として呼ばれていく筋合はないとして組合の呼出しを拒否していたが、同月二〇日日本共産党新宿地区委員会の戸沢労対部長とともに組合事務所に出掛け、誤報の件について組合に詫びた。しかし、原告らは、被告会社に対しては特段謝罪らしきことはしなかつた。
4 事情聴取
(一) <証拠>によれば、以下の事実が認められ、<反証排斥略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
被告会社は、昭和五三年七月一二日、本件支部ニュースの誤報の件について、同社人事部七三号室において、猿渡人事部副部長と大野市谷事業部総務課長立会のもと、原告永瀬に対する事情聴取を行つた。
そこでの被告会社側の質問とこれに対する原告永瀬の応対は、おおよそ次のようなものであつた。
被告会社
永瀬
今度の夏の賞与についての会社と組合の交渉の経過の中でどういう点が一番議論になつたか知つているか。
なんでそんな質問をされなくちやならないのか分からない。
凸版との対比が問題となつたわけですね。
まあそうですね。
支部ニュース一四九号を配つたのか。
そうだけれど、それは、仕事とどういう関係で呼ばれたのか分からない。
何処で誰に配つたのか。
何処で配つたかはともかくそのことを自分に聞く理由が分からない。
(なぜ永瀬に聴取がなされるのかとのやりとりの後)
なぜ答えられないのか説明するのが筋ではないか。
まあ言いたくない。質問されるには例えば、お金をあげるとか、クイズだったら答えるけど。
何処で配つたかということまで答えられないのか。
答えられない。まず事実を確認するわけを言うのが当り前だ。
このビラを配るまでの経過は。
それも答えられない。共産党と正式に話してください。
一四九号の記事の内容はいつ知つたのか。内容は知つているか。
答えられない。内容はそこに書いてあるとおりでしよ。
事実関係を確認したいので質問をしている。
聞いている筋合が理解できない。共産党の支部で発表した
ものだから支部にもつていつてもらいたい。
支部ニュースで凸版の再回答と大日本の再回答を書いたねらいは。
そんなこと答える必要はない。
共産党の支部に聞いてくれということだが、それでは支部の責任者は誰か。
それは答えられない。まず電話して。
この記事を配るとどういう影響が出るか考えたか。
分からない。答えられない。共産党の方へ正式に申入れすれば共産党の方で考えている。共産党の問題だから私が答えられない。
間違いがあつたことは認めるか。
間違えたから訂正ビラを出した。
間違えたというのはいつわかつたのか。
それも答えられない。
いつ間違いがわかつたかは言えないということですね。
組合の立川さんから言われたから。
やめろといわれてやめたのか。
そう。
誰が判断したのか。
答えられない。みんな……
まくのをやめるかについて支部の指示は受けていないのか。
そういうのは答えられない。
配る前に内容を事実かどうか確認しなかつたのか。
答えられない。
支部ニュース三三号、一三七号も間違いがあるのを知つているか。
訂正ビラをまいている。
間違いはあつたか。
そうですね。
本件ニュースの内容について確認すべきだと思わなかつたか。
何回も言つているように支部ニュースのことを聞かれても私がまいたか、まかないとかについては答えるけれど内容の問題は答えられない。 ビラは共産党の支部の責任発行だ。個人の責任で発行しているものではない。
こういう重要な時に誤つたものを配つた影響や結果についてどう思うか。
自分は答える必要がない。呼ばれていること自体おかしいから。
間違いは大きかつたということは認めているのでしよう。
こういう場で、聞かれる筋合はない。共産党の支部が発行しているわけなので支部が間違えているので支部に正式に共産党は何をしているのかということで話があるのだつたらそれはそれでそれなりの対応をすると思う。私が従業員だからということでことさら取り上げるというのはおかしい。
自分自身としては何らいけなかつたとは考えていないのか。
支部ニュースでお詫びと訂正をしている。
誰に謝まるのか。
関係各位に。
記事が間違つていたことについて、どう思つているか。
私個人のことは答えられない。
さらに被告会社は、同年七月二六日、前同所において、前記猿渡及び大野立会のもと、原告永瀬に対し、二回目の事情聴取を行つた。そこでの遣り取りはおおよそ以下のとおりであつた。
被告会社
永瀬
地区委員会から電話があつたので、ビラの件で話を伺いたいのだが責任者はどなたか聞いたら、言えませんということであつた。そこで永瀬君にもう一度聞きたい。
それは地区委員会に電話したらいい。
会社は事件の経過を明らかにしたいということで君に聞いたが、君は支部に聞いてくれと言うので、支部の責任者は誰か聞いているのだ。
それは答えられない。 だから地区とちやんと話し合う場ができれば、そういうふうになるのではないか。
この前聞いたことで何か答えられることはないか。
共産党支部として発行していることだから個人の問題ではない。私の範囲で答えられるのは、所属とか名前とか自分が配つたことくらいだね。
(二) <証拠>によれば、以下の事実が認められ、<反証排斥略>右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしにわかに措信できない。
被告会社は、原告永瀬と同様、昭和五三年七月一二日、本件支部ニュースの誤報の件について、同社人事部七三号室において、波木井人事第一課長、増子人事第二課長、大野市谷事業部総務課農立会のもと、原告高井に対する事情聴取を行つた。右事情聴取において原告高井は、本件支部ニュースの発行目的、同ニュースの作成から配布に至るまでの経過、配布の指示者、記事掲載の狙い、右ニュースの従業員に与える影響、記事内容の確認、記事内容が間違つた経過、支部の責任者についての質問について、概ね、従業員としては答えられない、会社と共産党支部とで話をしてほしいとの趣旨を回答したが、当時の労使交渉の争点、支部ニュースの一般的な発行目的、支部ニュースの発行者、本件支部ニュースの配布の有無、配布場所、配布時刻、配布対象、誤報であると分かつた時点等については回答をなし、さらに、記事内容の確認についての問に対し、「十分気をつけているはずですが間違つてしまつた。時間的な問題もあつたし、自分の総合的な欠陥によるものです。過失です。」との趣旨の回答をなした。
被告会社の原告入谷に対する事情聴取は、前同日同社団交室において、波木井人事第一課長と増子人事第二課長立会のもとに行われた。原告入谷は、本件支部ニュースを配布したこと、誤報であつたことを認め、配布の場所、日時、配布対象について回答した。もつとも、配布に至る経過、記事を載せた狙い、右ニュースの与える影響、記事内容の確認等については「私は協力者で配布しただけなので知らない。ニュースに書いてある発行先に聞いてほしい。」との趣旨の回答をなした。そして、本件支部ニュースが誤報であつたことについては、「個人としてはまずかつたと思います。」と述べた。
被告会社の原告上林に対する事情聴取は、同月一三日同社人事部七三号会議室において、前記波木井と大野立会のもと行われた。原告上林と被告会社の遣り取りは、原告入谷の場合とほぼ同様であるが、記事内容の確認の質問について原告上林は、「配つてくれといわれたので配つただけだが、言われてみれば確認すべきだつたと思う。」旨回答し、本件誤報については、「個人としては不誠実だつたと思つています。」と答えた。
5 原告永瀬の勤務態度
<証拠>によれば以下の事実が認められ、<反証排斥略>他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
原告永瀬は、被告会社に在勤中の昭和四八年頃、上司にその作業衣が汚れていることを注意されるや、「自分だけが汚ない作業衣を着ているのではない。会社で洗濯代を出してくれれば取り替える。」などと発言した。また、昭和四八年以前には下駄ばきのままミーティングに出たこともあつた。そして、昭和五二年三月、同人は、被告会社に入門の際身分証明書を呈示しなかつたため、守衛の北見に入門を引き止められるやトラブルとなり、原告永瀬は北見の胸倉につかみかかつた。その後、右の件について原告永瀬の上司である相澤正一課長が原告永瀬に注意したところ、同人は「見せないで入ると困るのは相澤さんでしよう。」と言い、顛末書を提出するよう指示されてもこれに従わなかつた。
原告永瀬は、昭和五二年一〇月、山口係長に四日間連続の有給休暇を申請した。その月は繁忙期であるうえ、原告永瀬と同班の者が結婚式のため有給休暇をとることになつていたため、五名の班員のうち二名が同時に休むことになり、山口係長が、原告永瀬に対し、別の日にとるようもちかけたが、同人はこれを聞かず、当初のとおり有給休暇をとつた。後日相澤は右の件について、原告永瀬にこれからは協力してもらいたい旨話したが、同人は「党の用事だ。党の用事に一々文句をいうと『赤旗』だよ。」と言つてこれを聞き入れなかつた。また、昭和五〇年四月、原告永瀬は、係長に理由を付さずして断休の申請をした。そこで、相澤が理由を質したところ、原告永瀬は、「選挙の追込みで割当がある。選挙に勝つためには休んで応援に行かなくてはいけない。選挙は政治活動だ。一課長が阻止するのは問題だよ。」などの趣旨の発言をし、断休をとつた。
さらに昭和四八年正月、「タイム」誌の印刷のため被告会社は原告永瀬に臨時出勤を指示したが、同人は「休みは絶対に出ない。」と言つて応じなかつた。そして、昭和四九年頃の製本の職場への応援勤務について、同人は、会社の指示に従つて勤務についたものの、「製本は人づかいが荒いときいている。行くのがいやだ。」などと不平を言つた。
昭和五三年二月ないし三月頃、被告会社において「少年少女・世界の名作」の印刷に汚れが発生し、原因は刷版における消去ミスと判断されたため、名合班長が担当者を集めて注意したところ、原告永瀬は「印刷が悪いんだ。」と開き直つた。また、同年三月「聖教新聞」の縮刷版の印刷の際、印刷されるべき部分が印刷されないか薄くなるいわゆる版トレミスが発生したのでその防止のため班長がインキ盛りを指示したところ、原告永瀬は「もつと強い版を使えばいいんじやないか、インキ盛りは力仕事だ。」と文句を言つた。さらにその直後、「健康家族」の口絵の刷版において、原告永瀬がインキ盛りをしなかつたことにより版トレミスが発生したため、同人に対し、班長がこれを注意したところ、原告永瀬は、「絵柄と消去すべきところが離れていたからインキ盛りをしなかつた。」と弁解した。
6 原告永瀬の人事考課
原告永瀬が、昭和五一年上期、下期の二回、七段階評価のうち中以上に位する「c」の評価を受け、昭和五二年三月二一日付で8等級から7等級に昇級したことは当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すれば以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
被告会社の等級、人事考課制度は、昭和五一年から改定され、次のようになつた。すなわち、等級呼称は、AからIあつたものを1等級から9等級とし、考課区分は、イからホの五段階評価(イ=10パーセント、ロ=20パーセント、ハ=55パーセント、ニ及びホ=15パーセントで、イが最も高い。)であつたのを、aからgでの七段階の各等級内における相対評価(a=5パーセント、b=10パーセント、c=15パーセント、d=40パーセント、e=15パーセント、f=10パーセント、g=5パーセントでaが最も高い評価)とし、人事考課要素及びウエイトは一般職Ⅲ(原告永瀬が該当)については、従来、仕事の成果30点、勤勉及び知識・技能各20点、責任感・信頼度、積極性、指導各10点であつたのを、仕事の成果50点、知識技能20点、勤勉、責任感・信頼度、積極性の三要素各10点の合計100点と改められた。そして、8等級から7等級への昇級基準は、「過去四回の考課(年二回行われる。)のうちc以上が二回ありかつ最近一年間にf以下のない者」とされた。
原告永瀬の考課は、改定前の昭和四七年から五〇年は一貫してB等級のハであり、改定後でいう8等級の上から31パーセントから85パーセントの位置、つまり新考課区分のdからeに相当するものであつた。なお、本工採用時にB等級(新8等級)になるので、原告永瀬は約一〇年間B等級(8等級)であつた。また、昭和五一年の上、下期とも新考課による8等級のcであり、上位16パーセントから30パーセントに位置するものであつた。昭和五二年の下期と五三年の上期は、7等級のうちf(上から86パーセントから95パーセント)であつた。
原告永瀬の勤務態度等として被告が問題としていることのうち、衣服の汚れの件、下駄ばきの件、断休の件、「タイム」誌の正月出勤の件、応援勤務の件は、いずれも右旧考課でのB等級ハの評価を受けた期間中のことであつた。なお、昇級の原因となつた8等級のcの考課期間中には、被告が問題としていることはない(右以外の行為は昭和五二年と五三年のことであり、おおむね7等級のfの評価を受けている期間のことである。)。
7 処分の決定及び告知
<証拠>によれば以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
被告会社は、原告永瀬について、同人が本件支部ニュースの作成、配布をしながらその責任を全うしようとせず、その事情聴取においても反抗的、不真面目な態度、発言をし、従業員としての資質に欠けるものと評定し、これをきつかけとして同人の日常勤務状況を調査したところ、右反抗的態度が日常業務にも表われており、上司への反抗的、非協力的勤務態度が明らかとなつたため、同原告との雇用関係を維持するために必要な信頼関係が全く崩壊しているものと判断し、就業規則四九条五号を適用して通常解雇とし、これを昭和五三年八月一日同人に告知した。
さらに、被告会社は、原告高井、同入谷、同上林について、同人らが重大な不注意から本件支部ニュースで誤報をし、会社の企業秩序に混乱を与え、業務上の損害を発生させたことにつき、原告高井に対し、同人が責任者的立場にあること、しかし、一応個人的には反省を示したことなどの情状を考えて就業規則八六条一二号により出勤停止一〇日の処分とし、同年七月三一日同人に告知し、原告入谷及び同上林に対しては、同人らが協力者的立場にすぎないこと、両者(特に上林)に反省がみられたことなどの情状を考えて、右同条項により原告入谷を出勤停止五日として右同日同人に告知し、原告上林を出勤停止三日として同年八月三日に告知した。
8 苦情処理委員会
原告永瀬は、本件解雇について労使双方により構成される苦情処理委員会に異議を申立てたが、同委員会は、昭和五三年八月二一日同人の申立を斥け、退職金、解雇予告手当のほか金四〇万円を支給する旨の決定をした。右事実は当事者間に争いがない。
三本件支部ニュースの作成・配布を解雇、懲戒処分の理由とすることの当否
本件支部ニュースの作成・配布については、原告ら四名に共通する処分理由とされているところ、原告らは、これが処分理由たりえないとして争つているので、まずこの点について以下判断する。
1 原告らは、本件支部ニュースの作成・配布は、就業時間外に被告会社構外で政党の活動としてなされたものであるので、そもそも解雇権、懲戒権の対象にならない旨主張する。
しかし、企業秩序の維持確保は、通常は労務提供の場である従業員の職場内、就業時間内の所為を規制の対象とすることにより達成しうるものであるが、必ずしも常に右所為を対象とするだけで十分であるとすることはできないのであつて、たとえ、従業員の職場外、就業時間外の所為であつても、企業秩序に直接の関連を有するものはこれを規制の対象とし、その程度に応じて解雇理由とすることも、また懲戒処分の理由とすることも許されるものと解すべきである(最一判昭和四九・二・二八民集二八巻一号六六頁参照)。
これを本件についてみるに、原告らは、前認定のとおり、当時被告会社において労使ともに最大の関心事であつた昭和五三年度の夏季一時金を巡る労使交渉が緊迫の度を加えている状況下において、被告会社と絶えず覇を競い、労働条件等について互いに影響し合つていた凸版印刷の一時金の追加回答について誤つた情報をもとに(これについて原告らに責任があることについては後記のとおり。)被告会社の提示額を非難する内容の本件支部ニュースを作成し、これを被告会社中央研究所前など職場外とはいえこれに近接した場所において、出勤途上の被告会社従業員を対象に配布し、その結果、被告会社の職場に混乱を生ぜしめ、ひいては被告会社に業務上、営業上の支障をもたらしたものである。かかる事情を考慮すると、本件支部ニュースの作成・配布は、被告会社の企業秩序に直接の影響を及ぼしたものというべきであるから、これが単に職場外、就業時間外の行為であるということをもつて解雇ないしは懲戒処分の対象外の行為であるとすることはできないというべきである。また、原告らは政党の名においてなした政治活動であるとも主張するが、原告らがいずれも被告会社の従業員であり、本件支部ニュースが被告会社の従業員の労働条件について報じたものであること、そして、原告らがいずれも右ニュースの作成または配布に直接関与した行為者自身であることは前認定のとおりであるから、原告らがたとえ政党の名において行為したものであつても、それをもつて原告らの行為者自身としての責任を免れる理由とすることはできないものというべきである。
2 次に原告らは、本件支部ニュースの内容は、労使対等の原則が支配する領域である労働条件を決定するための交渉過程に関するものであるから、これに対して解雇権、懲戒権が行使されるいわれはない旨主張する。
しかしながら、たとえその内容が労働条件の交渉過程に関するものであつても、本件の如く誤報をなすことまでが労使対等の原則の名の下に保護され、正当化されるものとは到底いえないから、この点に関する原告らの主張も採用することができない。
3 原告らは、さらに、本件支部ニュースの作成・配布は正当な言論表現活動であると主張し、その理由として、誤報についてそれを真実であると信ずるにつき相当の理由のあること、誤報の後誠実に事後措置をとつたこと及び誤報により会社に損害がなかつたことを挙げるので、以下これについて順次検討する。
(1) 他人の名誉を低下させるような表現行為であつても、それが公共の利害に関する事実にかかわり専ら公益を図る目的に出た場合には、その事実が真実であると証明された場合はもとより、たとえ真実であると証明されなくとも、行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、刑法上の名誉毀損罪はもとより、民法上の不法行為責任の成立も否定されると解するのが相当である(最高判昭和四四・六・二五刑集二三巻七号九七五頁、最一判昭和四一・六・二三民集二〇巻五号一一一八頁参照)。
この理は、原告らの主張するように、本件支部ニュースの如き労働者の情宣活動により損害を被つたとして会社が行う解雇、懲戒処分についても妥当するものというべきであるから、右情宣活動の内容に虚偽の事実が含まれていたとしても、それが前記要件を充足するものである限り、それを理由として会社から解雇、懲戒処分を受けることはないものといわなければならない。
ところで、本件支部ニュースの内容に誤りがあつたことについては当事者間に争いがないので、まず、原告らがこれを真実であると信ずるにつき相当な理由があつたか否かについて検討する。
① 前認定のように、昭和五三年当時の凸版印刷の一時金は、夏季の額にプラス財源を加えたものとして冬季の額が提示されていたのであるから、同社作成の「(追加)回答書」(甲第六号証)を見れば、六〇〇〇円の追加はプラス財源部分(三万円)についてのもの、つまり冬季分についてだけのものであるということは明白に知り得たものというべきである。また、確かに前認定のとおり、昭和五二年までに夏季分について追加回答がなかつたのは夏・冬ともに追加回答のなかつた昭和五〇年だけであつたが、他方追加額が夏・冬ともに同額であつたのは昭和五一年のみで、昭和五二年の特殊例を除きその他の年は必ず冬季分の方が多額であつたこと、そして夏・冬合計が一万二〇〇〇円の追加回答であつたとすると従前の傾向(昭和四九年までは一万円位であつたが、昭和五〇年は零円、昭和五一年は六〇〇〇円、昭和五二年は三〇〇〇円)に比し若干高すぎる額であることから考えると、夏・冬とも各六〇〇〇円の追加ということ自体疑いをもつべき数字であつたということができる。しかるに浅野は、前記追加回答書を直接見たわけでもないのに、自己の所属する組合員から「六〇〇〇円だ。」と聞かされただけで夏・冬ともに六〇〇〇円の追加であると軽信したものである。
② ところで、原告永瀬は、前認定のとおり、浅野に架電し、夏・冬とも六〇〇〇円の追加であると聞かされたが、念を押して聞いただけでこれを鵜呑みにし、そのままこれを原告高井に伝え、同人は原告永瀬に念を押したもののそれ以上の確認方法を講ずることなくそのまま本件支部ニュースの記事としたものである。しかし、前認定の如き本件支部ニュース配布時の被告会社における緊迫した労使関係及び当時における凸版印刷の追加回答が与える影響の重大性等に鑑みれば、凸版印刷の追加回答に関するニュースの取材・作成・配布は、通常の場合よりもより慎重になすべきことが要請されていたものと解されるところ、原告高井、同永瀬は浅野が凸版印刷の一組合委員長であり、過去に誤つたことがない等のことから、単に念を押しただけで同人の回答を軽信し、杜撰な情報確認のもとに本件支部ニュースを作成・配布したものといわざるをえない。すなわち、原告らは、前記のような重大な局面においては浅野の所属する少数組合とは別の、直接団体交渉の席上追加回答を受けた多数組合にその回答内容を確認する等、少なくとも複数の情報筋から確認をとるべきであつたのであり、またそれは可能であつたはずである。そして、そうすれば本件誤報は回避しえたものと考えられるのであるから(現に、本件支部ニュース配布当日の朝には組合の執行委員は正確な情報をえており、原告らに誤報を指摘していることはすでに認定したとおりである。)、原告らには本件支部ニュースの誤報につき過失があり、誤信につき相当な理由があるものとはいえないといわなければならない。
③ そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告らは、本件支部ニュースの作成・配布につき免責されないものといわなければならない。
(2) 次に、原告らが本件支部ニュース配布後事後措置に努めたことは前認定のとおりであるが、誤報により被告会社に各種業務上、営業上の支障が生じ、これにより同社が何らかの損害を被つたであろうことは前認定の事実から明らかである。
(3) したがつて、原告らに誤信につき相当な理由が認められず、被告会社に損害を与えた以上、本件支部ニュースの作成・配布が正当な言論活動であるとすることはできず、たとえ事後措置がとられたとしても(処分における情状は別として)、原告らに解雇権、懲戒権が及ぶこと自体を否定することはできないものといわなければならない。
四原告永瀬に対する解雇の効力、違法性
1 本件支部ニュースの作成・配布行為が解雇処分の理由たりうることは、前記三に説示したとおりである。
2 そこで、次に、原告永瀬の本件事情聴取における態度について検討する。
本件ではまず、原告永瀬に本件事情聴取に応じる義務があるか否かが問題となるが、仮に被告主張のように原告永瀬に右義務があるとしても、本来労働者がかかる事情聴取義務を負うか否かについては法的にも微妙な問題があるのである(最三判昭和五二・一二・一三民集三一巻七号一〇三七頁参照)から、原告永瀬の前認定の如き応答態度は、そこに一部不謹慎ないしは不真面目な点がみ受けられるにしても、他は事情聴取を受ける義務はないとする立場の表明とみるべきものであつて、これをもつて原告永瀬の被告会社に対する反抗的態度の徴表とみることは相当でないものといわなければならない。
3 原告永瀬の日常の勤務態度等について
原告永瀬の過去における勤務態度等は、前認定のとおりであり、右認定事実によれば、原告永瀬は、上司に対して非協調的ないしは反抗的な態度をとる傾向が強く、また、勤続年数の割には作業上のミスを惹起するなど、その勤務態度及び作業能力は必ずしも良好ではなかつたものというべきである。
しかしながら他方、原告永瀬は、前認定のとおり、被告が問題とする衣服の汚れ、下駄ばき、断休、正月出勤、応援勤務の件があつた期間中、上位31パーセントから85パーセントの範囲内の考課を受けていたし、その後の昭和五一年上期、下期の二回、被告会社から、上位16パーセントから30パーセントにあたる「c」の評価を受け、8等級から7等級に昇級したのであるから、当時の原告永瀬の全般的な勤務態度、作業能力等が特に劣悪であつたと決めつけることはできず(昇級欠格事由つまり改定後考課におけるf以下にはあたらない。)、被告会社も原告永瀬について前記事由を解雇に値するとは認識していなかつたものというべきである。
もつとも、前認定のとおり、被告会社においては、等級が1等級から9等級まで存在し、本採用の時点で一律に8等級からスタートするものであるから、原告永瀬は通常よりも遅れて約一〇年もかかつて7等級に昇級したことになることと、被告会社の考課が同一等級内の相対評価でなされることからすると、原告永瀬は、自分より経験の未熟な者との相対的な比較においてたまたまよい評価となつたものにすぎないとも考えられなくはない。しかし、相対的にではあれ、被告会社が昇級に値するだけの評価を下したこと自体、少なくとも、被告会社が原告永瀬の前記事由を解雇に値するとは認識してはいなかつたことを示すものといわなければならない。
また、被告が問題とする、右昇級後の原告永瀬の守衛とのトラブルの件、有給休暇の申請の件、消去ミス・版トレミスの件は、その個々の行為自体直ちに雇用関係の継続に困難を生ぜしむる程の重大なものとは認められないし、また、原告永瀬の右各行為について当時被告会社が原告永瀬に対し何らかの処分をした事実を認めるに足りる証拠もない。
4 そうすると、原告永瀬について、本件支部ニュースの作成・配布のほかに付加された事情聴取時の態度、日常の勤務態度等についてはそれ自体解雇理由たりえないか、解雇理由に値するほど重大なものとはいえないことになるから、同人に対し、その余の原告らと同様、本件支部ニュースの作成・配布を理由に出勤停止処分をもつて臨むのであれば格別、それ以上にこれを理由として同人を解雇することは許されないものというべきである。
結局、原告永瀬は、通常解雇事由を定めた被告会社の就業規則四九条五号の「業務に支障があるとき」に未だ該当するものとはいえないといわなければならない。したがつてこれを理由になされた本件解雇は、その余の点について判断するまでもなく、解雇理由を欠くものとして不適法であり、かつ無効であるといわざるをえない。
五原告高井、同入谷、同上林に対する懲戒処分の効力、違法性
1 懲戒事由の有無について
前記三に説示したとおり、原告らの本件支部ニュースの作成・配布行為は懲戒処分の対象となりうるものと解されるので、以下に右行為の就業規則該当性について検討する。
<証拠>によれば、被告会社の就業規則八六条には、一号から一二号までの懲戒事由が定められているところ、その七号には「監督不充分または過失により、作業を誤り、または事故を発生させ、会社に損害を与えたとき」と定められていることが認められ、右認定に反する証拠はない。右七号は、本来は作業上の事故を念頭に置いたものと解されるが、本件は、前認定のとおり、原告らの職務外の過失により誤報をなし、会社に業務上、営業上の支障を生じさせたものであるから、右七号に準ずるものとして同条一二号の「その他前各号に準ずる程度の行為があつたとき」に該当するものと認めるを相当とする。
2 懲戒権の濫用の有無について
(一) (懲戒処分の相当性の問題)
原告らは、本件懲戒処分について、被告会社の処分としては異例の重い処分が恣意的になされたものであると主張するので、以下に検討する。
<証拠>によれば、被告会社の就業規則は、その八四条において懲戒の種類として譴責、減給、出勤停止、降格、論旨解雇、懲戒解雇がある旨定め、さらに八六条において所定の事由に該当するときは、減給、出勤停止、降格、もしくは情状により譴責に処する旨定めているが、懲戒権者がどの処分を選択すべきかについては具体的基準を定めていないことが認められ、右認定に反する証拠はない。したがつて、右就業規則は、懲戒権者がどの処分を選択するかについては懲戒権者の合理的な裁量に委ねているものと解される。しかし、もとより右裁量は恣意にわたることをえず、社会通念に照らして合理性を欠くものであつてはならないが、当該処分行為が右のような限度を超えるものでない限り、懲戒権者の裁量の範囲内でなされたものとして適法と解すべきである。
そこで、本件懲戒処分についてこれをみるに、前認定の事実によれば、原告らは、被告会社の労使が夏季一時金交渉を巡つて極めて緊迫した状況下にあつた中において、労使ともに最大の関心事であつた凸版印刷の一時金回答について、誤報にかかる本件支部ニュースを作成・配布し、もつて被告会社に業務上、営業上の支障を発生させたものであること、原告高井は右ニュースの発行主体の責任者として中心的役割を果したものであることなどに鑑みれば、原告らが翌日、訂正のニュースを配布したこと、誤報については故意になしたものではないこと、原告入谷、同上林は右ニュースの作成には関与せず依頼されるままに配布行為に参加したにすぎないことなどの事情を勘案してもなお、右原告らに課せられた各出勤停止の懲戒処分は社会通念上必ずしも不合理とは断じえず、裁量権を逸脱した違法、無効な処分であるとすることはできない。
また、原告らは、「カメラ毎日」及び「りぼん」の事故の例をあげて、その際の処分状況と本件を比較し、本件処分が異常に重い旨主張するが、確かに、<証拠>によれば、原告らの主張するような事故が発生したことが認められるけれども、右各事故の状況、事故を発生させた者、その過失の有無及び程度、事故原因、被告会社の損害の状況等処分を決するについて考慮されるべき重要な諸々の事情についてはこれを認定するに足りる証拠はなく、しかも、右事件における関係人の処分がいかなるものであつたか自体も明確でないから、かかる事件の結果と本件の場合とを単純に比較することは妥当性を欠くものといわざるをえない。
以上を要するに、被告会社がなした本件懲戒処分は、何ら恣意的なもの、もしくは社会通念に照らし合理性を欠くものとはいえず、右懲戒処分を違法、無効なものということはできない。
(二) (手続の適正の問題)
原告らは、被告会社の行つた事情聴取について、懲戒処分の手続として適正を欠くものである旨主張する。しかし、本件事情聴取の経緯については、既に認定したとおりであり、右諸事実によれば、右事情聴取が原告らの主張するような、謝罪を一方的に迫り、日本共産党大日本印刷支部の組織を明らかにすることを目的とした強圧的なものであつたとはいえないことは明らかであり、他に本件全証拠によつても、右の点を窺わせる事情を認めるに足りない。
(三) 以上を要するに、被告会社が本件懲戒処分をなすにつき懲戒権を濫用したものと認めることはできない。
3 不当労働行為について
組合活動が他面において共産党の活動としての性格をもつていたとしても、右組合活動を把えて使用者が解雇すれば、それが不当労働行為となる場合があることが否定できないところである。
しかし、本件原告らの支部ニュースの作成・配布行為についてみるに、<証拠>を総合すれば、原告らは、組合の組合員ではあるがその活動に不十分さを感じ、組合活動とは別個に日本共産党大日本印刷支部の活動として、支部ニュースを作成、配布していたものであり、本件支部ニュースの作成・配布もその一環であること、原告らは、会社からの事情聴取については日本共産党に聴くべき問題であると回答し、本件支部ニュースの誤報問題については党として組合に謝罪していること、支部ニュースの内容は、労働条件に関するものを含む一方、日本共産党の宣伝活動と解される部分も含まれていることなどの事実が認められるから、原告らの本件支部ニュースの作成・配布行為は、政治活動の一環としてなされたものというべく、それ自体は労働組合法七条一号にいう「労働組合の行為」に該当するものとはいえないというべきである。したがつて、そもそも本件懲戒処分が「労働組合の正当な行為」をしたことによる不当労働行為であるとする余地はないものというべきである。
4 思想信条による差別について
原告らは、原告らが共産党員又はその支持者であることを理由として被告会社が本件懲戒処分をしたと主張し、<証拠>によれば、原告高井が日本共産党の党員であり、原告入谷、同上林が同党を支持しその活動に協力していたことは認められるけれども、それ以上、本件懲戒処分が原告ら主張のような思想信条による差別であると認めるに足りる証拠はない。
5 以上を要するに、原告高井、同入谷、同上林の本件各懲戒処分が違法、無効であると認めることはできない。
六金銭請求について
1 原告永瀬
(一) バックベイ
前記四に説示したとおり、原告永瀬に対する解雇は無効であるから、同人は被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあるものというべきところ、原告永瀬についての本件解雇直前の三か月間の平均賃金が一か月金二〇万二一四〇円であり、賃金の支払は毎月二〇日締切で二五日払であつたことは当事者間に争いがない。右事実によれば、原告永瀬に対し支払われるべき本件解雇の日である昭和五三年八月一日以降同年一〇月二〇日までの賃金(なお、同年八月分のうち、七月二一日から七月三一日までの賃金と解される金八万八〇六〇円については、既に支払がなされており、右部分については原告においても当初から請求していないところである。)は、金五一万八三六〇円となる(原告の請求金額は右既払分を金八八六〇円とした計算上のミスであろうと推測される。)。
そして、原告永瀬が労働契約上の権利を有する地位にあることは前示のとおりであるから、被告は原告永瀬に対し、右金五一万八三六〇円及び同年一一月以降原告永瀬が復職するまで毎月二五日限り、金二〇万二一四〇円の金員を支払うべき義務があるものというべきである。
(二) 慰藉料
原告永瀬が、その主張のように、違法な本件解雇処分により相当な精神的苦痛を被つたであろうことは推認するに難くない。しかし、同時に原告永瀬のこの精神的苦痛は、特段の事情のない限り、本件地位確認及び賃金請求部分の勝訴判決が確定することにより十分慰藉される事情にあることが推認され、本件においては右特段の事情を肯認するに足りる証拠はない。したがつて、原告永瀬の慰藉料請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものというべきである。
2 原告高井、同入谷、同上林
同人らに対する懲戒処分が違法、無効とはいえないことは前記五に説示したとおりであるから、右原告らの慰藉料請求はいずれも理由がないものといわざるをえない。
七結論
以上によれば、原告永瀬の本訴請求は、地位確認を求める部分、賃金として金五一万八三六〇円及び内金三一万六二二〇円に対する昭和五三年一〇月二五日から、内金二〇万二一四〇円に対する同月二六日から各支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める部分、昭和五三年一一月から被告が同原告を復職させるまで毎月二五日限り各金二〇万二一四〇円の支払を求める部分の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、原告高井、同入谷、同上林の各請求は、いずれも理由がないのでこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、なお仮執行免脱宣言の申立については相当でないからこれを却下することとして、主文のとおり判決する。
(渡邊昭 近藤壽邦 田中昌利)